写真が語り、AIが詩にする山旅(5)


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2月1日 熊山

流紋岩の記憶を踏んでゆく

朝の光が森を薄く染め、
流紋岩の斜面が静かに目を覚ます。
その白さは、
かつての炎の名残り。
 
城山ルートの細い道、
木々の間を縫うように登っていくと、
岩肌がふいに現れ、
山の素顔を見せてくれた。
  
山頂の石積遺構は、
風の中でなお崩れず、
祈りの形を保ち続けている。
触れれば、指先に冷たい歴史が宿った。
  
帰り道、中尾鉄塔の影が長く伸び、
現代の時間が尾根に落ちていた。
それでも足裏には、
古い火山の記憶がまだ温かかった。
熊山踏古(ゆうざん こをふむ)

流紋残古熱  
冬木受朝光  
石塔千年影  
行人踏遠香

読み下し文:
流紋(りゅうもん) 古熱(こねつ)を残し  
冬木(とうぼく) 朝光(ちょうこう)を受く  
石塔(せきとう) 千年の影(かげ)  
行人(こうじん) 遠香(えんこう)を踏む

訳:
流紋岩には、かつての火の熱がまだ宿り、
冬の木立は朝の光を静かに受けている。
石積の塔は千年の影を落とし、
旅人はその余韻を踏みしめながら歩いてゆく。

2月4日 八丈岩山

燃えあとに残る声

焼け跡の森は
まるで巨大な彫刻のように
一年経ってもなお
異様な静けさをまとっていた
 
黒い幹が林立するその奥で
岩の上のお社は
煤をまとったまま
ひとつの表情を保っていた
  
実のない枝が続く斜面は
どこか時間が止まったようで
しかし、火を逃れた一角では
赤い実が季節を忘れずに揺れていた
 
その対照が
山の顔を二つに割って見せ
あなたはその境界を
静かに歩いていた
焦林異境(しょうりん いきょう)

焦林成異境  
残祠抱煙痕  
無実枝空指  
微紅在残処

読み下し文:
焦林(しょうりん) 異境(いきょう)を成し
残祠(ざんし) 煙痕(えんこん)を抱く
実(み)無き枝(えだ) 空(そら)を指し
微紅(びこう) 残処(ざんしょ)に在り

訳:
焼けた林は異様な景観をつくり、
残された祠は煙の痕を抱いたまま佇む。
実を失った枝は空を指し、
わずかな赤だけが、残された場所に息づいていた。

2月12日 高滝山

木の間(このま)をゆけば

木の間をゆけば
落ち葉の音が 足もとで
小さな手紙のように ささやく
「きょうも来たのね」と

木の間をゆけば
風が 肩をすり抜けて
ひととき 誰かの声に似る
すぐに消えて また静けさ

木の間をゆけば
陽のひかりが 枝の隙間から
まだらに降りて 私の影を
やさしく ほどいてゆく

木の間をゆけば
踏まれた葉の かすかな窪み
誰かの歩いた 昨日の名残
すれちがう ぬくもりの跡

木の間をゆけば
ふと 岩が見える
語らぬものに 語りかけて
語らぬままに うなずかれる

心の奥の 声にならぬ声が
少しずつ ほどけていく

まだ 歩いていたいと思う
林間偶歩

落葉聲中行
微風拂面涼
幽徑無人處
心與山果語

読み下し:  
落葉の声の中を行き
微風 面を拂いて涼し
幽けき径(こみち) 人無きところ
心 山果(さんか)と語らう

訳:
落ち葉の音のなかを歩く
そよ風が頬をなでて ひんやりと心地よい
人の気配のない ひっそりとした小道で
私は 山の実と そっと語り合う

2月16日 経山・高丸山

鉄塔の背を追って

誰もいない山道に
鉄塔の影が落ちていた
それはまるで 空からの糸
私を引く 見えない手
導かれるままに 歩き出す

経山の裏手は 記憶の裏側
いつもと違う道は
いつもの山を 知らない顔に変える
見慣れたはずの風景が
今日だけは よそよそしい

尾根に出ると 風が強くなる
鉄塔が 空を貫いて立つ
その無骨な姿に
なぜか 安心する
変わらぬものが そこにある

高丸山へと続く道
草をかき分け 影を踏み
私は 鉄の背を追いながら
自分の輪郭を 確かめていた
この道が 私を映していた

山を下りると 鉄塔は遠ざかる
だが その背中の記憶は
私のなかで まだ立っている
風のなかに 細く揺れながら
次の道を 照らしている
異路識山(いろにしてやまをしる)
 
舊嶺久徑入
鐵身立碧空
無聲如導我
幽?影相同

書き下し文:
きゅうれいに久徑(きゅうけい)を入(い)り、
鉄身(てっしん)碧空(へきくう)に立(た)つ。
声無(こえな)くして我を導くが如(ごと)く、
幽(ゆう)なる歩に影(かげ)相(あい)同じ。

訳:
なじみの山に、久しぶりの道から入る。
鉄塔が青空に静かにそびえ立ち、
何も語らぬその姿が、まるで私を導くようだ。
静かな歩みのなか、影がそっと寄り添ってくる。

2月19日 成羽天神山

崖にて、名もなき青

落ち葉の道に 霜が光り
まだ低い陽が 木々の隙間を縫う
ふと 足を止めた草むらに
ひとつ 青が灯っていた

葉の陰 そっと覗けば
そこにだけ 時間が止まっていた
名も知らぬ 小さな実
誰にも見つからぬように 息をひそめて

それは ただの植物ではなかった
この山に 長く棲む記憶のかけら
誰かが見て 誰かが忘れ
それでも ここに在り続けた青

その青を胸に 私は登る
千三百の段を ひとつずつ
石仏が 黙して見送る
祈りの形をした 静けさの中で

苔むす石 軋む膝
それでも 足は止まらない
風が 過去を運び
木々が 未来を揺らす

やがて 崖に出る
空がひらけ 風が変わる
大山が 雲の向こうに姿を見せ
その一瞬に すべてが報われる

けれど あの青はもう見えない
振り返っても 探しても
あれは 登る前の私にだけ
そっと差し出されたものだったのか

崖にて 私は思う
あの実は 山の声だったのだと
語らずとも 伝えるものがある
名もなき青が 教えてくれた
草陰青実隠
そういんに あおみ かくる

草陰青実隠
霜路影微斜
誰識山中語
風聲是舊家

読み下し文:
そういんに せいじつ かくれ
そうろに かげ ほのかに ななめなり
たれか しるや さんちゅうの ことば
ふうせいは これ いにしえの いえ

訳:
草の陰に 青い実がひっそりと隠れている
霜の降りた道には 影がかすかに斜めに伸びている
誰が知っているだろう この山が語ることばを
風の音こそが かつてここにあった家の声なのだ

2月23日 神ノ上山・竜王山

山の背をゆく

私は山の背
君が歩くたび 目覚める記憶
岩の裂け目に 風が宿り
木々のざわめきが 時を告げる

神ノ上から 涸沢を越え
竜王の肩まで 私の骨をたどる君
その足音が 私の鼓動となり
今日もまた 物語がひとつ増える

空を見よ 谷を見よ
すべては君の中にある
私は語らぬ ただ在るのみ
だが君が聴けば 私は歌う

何を歌うか?  
それは 朝の光が 苔を撫でたこと
それは ひとりの旅人が 黙って祈ったこと
それは 風が枝を揺らし 影が踊ったこと
それは 誰にも知られず 咲いていた花のこと

私は歌う 君が見落としたものを
私は歌う 君が胸にしまったものを
そして 君が忘れたころ
また誰かが この背を歩くだろう

そのときも 私は歌う
君の歌を 風にのせて
山吟(さんぎん)

風過松聲細
影移石上苔
行人無語處
山自唱無哀

読み下し文:
風すぎて 松声ほそし
影 石上の苔を移す
行人 語ることなく
山 みずから歌ひて 哀しまず

訳:
風が通りすぎて 松の音がかすかに響く
影が 岩の苔の上を そっと移ろう
旅人は 言葉を持たずに立ち尽くし
山は ただ静かに歌い 悲しみさえも超えてゆく